青年会議所とは?

青年会議所(JC)とは…?

 日本全国696の地域に37,000人を超えるメンバーが『修練』『奉仕』『友情』という三信条のもと、率先して行動する仲間がいます。
 半世紀以上も前から時代は変われど『明るい豊かな社会』の実現を目指す指導者たらんとする青年団体、それが青年会議所(JC)です。

メンバーは…

 国籍・人種・性別・職業・宗教の区別無く、20歳から40歳までの志の高い青年経済人によって構成されております。

青年会議所の始まりは…

 1949年『日本はこの先どうなるのだ!?』という今以上に混沌とした戦後の時代背景の中、全国各地で志ある若者たちが立ち上がり、青年会議所運動 は始まりました。そして1951年、全国各地で活動していた青年会議所が集まり日本青年会議所(日本JC)を創設。以来、日本の青年会議所運動の枢軸とし て各地の青年会議所と連携し活動を展開しております。

世界中に広がる青年会議所

 日本青年会議所は国際青年会議所(JCI:Junior chamber International)の一員です。国際青年会議所は世界112カ国・27万人以上、OBは250万人以上という組織です。
 アメリカ42代大統領ビル・クリントン、第7代国連事務総長コフィー・アナン、フランス第5代首相ジャック・シラクも青年会議所のOBです。その他多くのメンバー・OBが世界中にいます。

日本青年会議所の設立

 1951年2月9日、東京商工会議所の2階会議室に55名の委員は創立総会に臨んだ。開会が宣され、まず丸晋設立準備委員(東京)が東京JC設立から今日に至る経過を報告し、次に満場一致で東京JC理事長の黒川光朝が議長に選出された。
 定款、役員選任は原案とおり可決され、別室で第1回役員会が開催され、初代会頭には黒川光朝が就任した。そして、ここにJC運動の要というべき日本青年会議所は10JC、506名をもって誕生した。

JCI正式加入

 初年度の大事業としてJCIとの提携があった。1951年5月にカナダ・モントリオールで開催された第6回JCI世界会議には黒川会頭を含む6名の代表団を派遣した。
 開会式において、時のJCI会頭フィリピンのラモン・ロザリオの冒頭演説であった。「・・・・・JCには国境も民族もない。それは、全世界の青年のもので ある。その誇りにおいて、われわれはいまここに、かつての敵国日本のJC代表団を、心からなる歓迎をもって迎えようとする・・・・・」
ウワーッという拍手、まばゆいばかりにスポット・ライトが日本代表団に当てられる。全員が立ち上がって、いっせいにこちらを向いた。
 JCI正式加盟は直ちに日本JCへ打電された。講和条約調印以前に国際団体に加盟している日本の団体はロータリーのみであった。

日本最初の国際会議

 国民待望の講和条約が1952年に発効された。その4月20日から4日間、日本JCは東京において第2回JCIアジア地区会議を主催した。この会議は日本で開かれる国際会議の最初の試みであった。
 とにかく、創立1年2ヶ月にして国際会議を開催するなどということは、冒険といえば冒険であった。現に、その前年の10月、JCIアジア地区担当副会頭 ヴィラヌーヴァ(フィリピン)から「もし日本が第2回の開催地として正式の申し出を行えば、日本以外のJCから全員一致の支持を受けるだろう」という主旨 の書簡があったとき、その開催についてかなり議論が戦わされた。第2代会頭の小坂は受諾を固めた。
 会議にはJCIのバグスレー会頭はじめアジア各地から31名が来日し、日本JCからは311名が参加した。
幸いに、東商はじめ政・財界からのバックアップ、各報道機関の応援が得られ、会議は予想以上の成果をあげた。今日からみれば、実に小規模な国際会議であるが、とにかく日本では最初の国際会議だったのであり、当時としては大成功といってよかった。